2023.10.15
【作家紹介】⑧ 大場松魚 ~幻の技法を蘇らせた人間国宝の漆芸家~
目次
蒔絵を極め、人間国宝にまで上り詰めた職人 大場松魚(おおばしょうぎょ)。
生前、TV番組のインタビューで次のように語っています。
1つ1つをきちっと積み重ねて焦らず仕事をやっていけば、立派な仕事ができる。一生どれだけやれるかわからないが、これは一生の課題。どこまでやれるかと。 |
出典元:NHKアーカイブス「あの人に会いたいFile No. 324」
淡々とやるべきことに集中して取り組む…結果が出るのは必然なのかもしれません。
しかし、それをやり続けることがどんなに難しいことか。
大場松魚がコツコツと積み上げてきた努力の量を考えると、 ひと言に「さすが人間国宝」「天才!」と評するのは失礼にも感じてしまいますね。
同時に「我が生涯をかけてやっていこう!」と思える仕事に出会えて、きっと幸せだったのではないかとも思えます。
今回は戦後の日本の漆芸会を牽引し続けた技巧とデザインを持つ、大場松魚の生い立ちや代表作品を紹介しますので、最後まで読んでもらえると嬉しいです(^^)
生い立ち
まず最初に大場松魚の生い立ちを追ってみましょう。
漆職人の家に生まれて
大場松魚は本名を大場勝男といい、漆職人の三代目として1916年3月15日、石川県に生を受けました。
生家が代々漆職人を家業としていたため幼いころから漆作りに触れ、若くして漆芸に携わります。
1933年、石川県立工業高校図案絵画科を卒業。 その後10年間は父 和吉郎(雅号:大場宗秀) のもとで修業。漆職人として髹漆(きゅうしつ)という漆芸技法の基本となる塗りの技術をを学びました。
松田権六に師事
1943年の3月、金沢市県外派遣実業練習生として上京した松魚は、同郷の漆芸家であり同年5月に東京美術学校教授となる松田権六(※)に、住み込みで2年間の弟子入りをします。
※松田権六(まつだ ごんろく)1896年(明治29年)4月20日 ~1986年(昭和61年)6月15日)日本の蒔絵師。人間国宝であり、文化勲章受章者。
権六にデザインの重要性を説かれ「毎日図案を考え、1日最低1つは絵日記を描くこと」を勧められたそうです。
師匠の教えを素直に続けたことで磨かれたデザイン力は、のちに大場松魚の代名詞となります。
いかに日々の積み重ねが大事か分かりますね!
幻の技法【平文(ひょうもん)】を蘇らせる
1952年、松魚は伊勢神宮式年遷宮の御神宝(御鏡箱・御太刀箱)の制作にあたり、奈良時代に使われていた幻の技法「平文(※)」を復活させ、制作に活かしました。
※平文…金や銀制の板で模様を作り漆の表面に貼り、さらに漆を塗り板金部分が見えるまで研ぐか、漆の膜を削り取り模様にする。元は奈良時代に中国から平脱の名前で伝わった。
松魚の作り出す平文は、金属板の強い存在感と蒔絵の繊細な線の共存が特徴。さらに螺鈿・卵殻・変り塗などのさまざまな技法を組み合わせた松魚独自の世界観を築いたと言われています。
平文という、それまで廃れていたと言っても過言ではない先人の漆芸技工を積極的に取り入れ、神に奉納する御神宝の制作にまで落とし込める技術力の高さと、松魚の飽くなき探求心にはすさまじいものを感じずにはいられません。
紫綬褒章を受ける
1964年8月~1967年5月まで、松魚は国宝 中尊寺金色堂の保存修理に漆芸技術者主任として携わります。
その後1972年5月~翌年3月にかけて、自身が2回目の伊勢神宮式年遷宮の御神宝制作で御鏡箱・御櫛箱・御衣箱を担当。
松魚はさまざまな機会を通して己の技巧だけでなく、古典技法に対する造詣を深め続け、1977年2月、石川県指定無形文化財「加賀蒔絵」保持者に認定され、翌1978年に紫綬褒章を受章しました。
「1つ1つをきちっと積み重ねて焦らず仕事をやっていけば、立派な仕事ができる。」
という松魚の言葉のとおり、それまでの功績が認められ形として残るのは本当に素敵ですね!
そして人間国宝へ
1982年、ついにその功績を讃え、蒔絵の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。
1987年には日本工芸会副理事長、翌年1988年には石川県立輪島漆芸技術研修所所長に就任。
松魚は石川県金沢市に自宅兼工房を構え、その後の漆芸家人生を多くの弟子育成のために尽くします。
実は人間国宝になる前からも後継者育成に励んでいた松魚。
1967年4月からは輪島市漆芸技術研修所(今の石川県輪島漆芸技術研修所)講師を、1988年からは同研修所の所長を務め、1977年4月には金沢美術工芸大学の教授に就任。1981年3月に退任した後も客員教授として学生たちの指導にあたりました。
人間国宝に認定されながらも、それ以前と変わらずコツコツと次世代の漆芸家・職人を育てた影響は計り知れません。思わず頭が下がります。
73歳で漆とクリスタルの融合を試みる
1989年、73歳になった松魚はフランスでクリスタルガラスと漆の融合に挑戦しました。
当時の松魚は
「漆にはない技法だが、漆は全て補うだけのものがあると自負している」
と語っています。
年を重ねても新しいことに目を向け実行するパワーには痺れますね!
同時に松魚自身が長年取り組んできた漆への愛情・誇りも感じられます。
松魚は己の仕事に対して次のような確固たる信念を持っていました。
仕事するにあたっては、人間なんてもの、相手にしていたってしょうがない。皆、疲れてくると決まって能率が下がる。それですぐ、負ぁけた、やめたと言って投げ出しちゃう。人間のように頼りないものはないですよ。
だから、私は時計と競争する。忙しい時はたとえ十秒でも五秒でも無駄にはできん。時計と競争してこいつを負かすことはなかなかできませんけどね、時々は勝つようなことがありますよ。何時までにこの仕事をするんだと決めて、それよりも早くできることがあるから。なぜ負けないか。 人間には「頭」があるからです。時計は、チッ、チッ、チッ、チッ、と一定のリズムで時を刻む。しかし人間は、この仕事をこの時間までに仕上げるんだと腹を決めれば、グッと時間を短縮することができる。 だから仕事を早くしようと思えば、目標時間を決め、それに対して集中攻撃を掛けることです。 |
出典元:書籍「1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書」
そのときの感情や気まぐれで考え動く人間ではなく、一定のリズムで時を刻む時計を信頼しライバルとする視点は、一般の私たちには斬新に思えますが、その一方で
「人間の知恵でうち負かすことができる」
と、人としての自信にもあふれています。 面白い人ですね!
私たちは時間が無制限だと思い、暇があるとついダラダラしますが、 命が尽きるタイムリミットまでは既に決まっていて、それに向けて人としての知恵を働かせながら動くことが大切なのだと説いてくれているのかもしれません。
代表作
数々の素晴らしい作品を生み出した大場松魚ですが、その中から代表して3つの作品ご紹介します。
伊勢神宮神宝 御鏡箱・御太刀鞘
1つ目は1952年に作られた御鏡箱と御太刀鞘。
伊勢神宮の御神宝の制作を2度連続で任されるほどの技術力・デザイン力・経歴を兼ね備えた人物であった松魚には圧倒されます。
御神宝のため、残念ながら画像は見られないのですが、さぞ美しいのでしょうね!
平文宝石箱
2つ目は1958年の第5回日本伝統工芸展に出品し、朝日新聞社賞に入選した平文宝石箱。←※クリックすると画像を見られます。(リンク先:公益社団法人 日本工芸会)
金色と白黒の配色でプレゼントの包み紙とリボンを表現したような、モダンでおしゃれなデザインにうっとりしてしまいます。
眺めるだけでも、わくわくしてくる宝石箱ですね(^^)
平文千羽鶴の棚
3つ目は1974年に制作され第21回日本伝統工芸展にも出品された、平文千羽鶴の棚。←※クリックすると画像が見られます。(リンク先:美術館・展覧会情報サイト アートアジェンダ>EXHIBITION【美術館・展覧会情報】>石川県の展覧会>新春優品選 近現代工芸)
つややかで重厚な黒の漆棚に蒔絵と平文を駆使した透け感が美しい棚です。千羽鶴の模様がアクセントになっている芸術的な作品ですね(^^)
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